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Under consideration…

(10月17日午後加筆修正)

「Rock'n Roll is dead」なのか「Rock never die」なのか。

ロックは反体制を叫んだり、怒りをぶちまける媒介であることが多い。それは音楽としてのロックを越えてファッションやアーティストの生き方そのものにも表れる。それは人々の言葉にできない言葉を代弁したものであるから、支持される。人々は「もうひとりの自分」の夢を見る。

しかしやがて、ロックは多数の支持を得て時代の主流になり、大衆化する。アウトローでアンダーグラウンド的であったアーティストはスターになる。それは音楽性の変化、精神性の変化であるとも受け取られる。人々はそれを指して死んだの死なないのと言っているのだろう。

「もう一人の自分がある日気づいてみると、別の方向を向いている。共有したものをおざなりにしている。許せない」「いや、しかし自分が自分であることに変わりはない、根底に流れるものは同じである。信じよう」

世界の驚くべき人数の人々が自分を投影化しているからこそ、ロックの生死に関わる論争は尽きない。

反体制、に対する別の流れの出現。結局はその繰り返しがロックの歴史を作ってきた。60年代前半のいわゆるブリティッシュ・インベイジョン時代、そして70年代のロンドンパンク。そして80年代後半に構築され90年代に花開く初期オルタナティブ。

それを作ったものは元来社会の底辺に生きる人間たちだった。彼らは今やセレブリティである。それを責めることは誰にもできないはずだ。少数派であることの嘆きと誇り。このアンビバレンスを否定することはできない。

グランジを、カート・コバーンを見よ。彼は偶像視は拒否するとはっきり言っている、しかしオーディエンスはそれを受け入れたか? 元々精神に脆弱な要素を強くもっていたカートは自分の名声に怯えていた。原因は多数あれど、結果として彼は自死した、と同時にオルタナティブの一翼を担ったグランジも終わった。

ちなみに、現在真に怒っているのは(Rockしているのは)、ヒップホップであると言われている。しかしアメリカのチャートを見ればベスト10を占めているのは、確実に「それら」なのだ。日本のクラブ文化を見れば、それはスラムのブラックたちを模倣している。アパレルはそれを高値で売っている。

そもそもロックの源流はリズムアンドブルースにあり、それが白人文化と交わり、テクニカルな進歩を受け入れ、時代の流れに寄り添い、ありとあらゆる文化風土思想楽器を飲み込んで増殖分裂を繰り返して、今日まで続いてきた。

我々は何事にも意味づけや定義を求める。しかし、ロックという生き物ははそれを最も嫌うのではないかと思う。

つまり、何が言いたいか。

四の五の言わずに己の表現したいことをすればいいし、或いは好きなものを選び取ればいいのだ。それが主流だろうが傍流だろうが、何が悪いというのだろう。

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